西立川駅に行ってきました。左端に見えるのが「雨のステイション」石碑。なんだか懐かしいような気がしました。06年5月の雨の日に。
画像掲載記事:■ユーミンの歌と米軍基地と:雨の東京・西立川駅はきっと(2006.4.5)
映画「男はつらいよ」を記念した愉快な「寅さん記念館」。館の周囲は植栽公園風。その公園にかわいいさくらんぼがなっていました。東京葛飾区、5月。
画像掲載記事:■博物館の減少と館員の努力と(2006.5.15)
見えることの喜び。そう思うと見なれた景色も美しく輝くようで。東京、05年12月。
画像掲載記事:■お母さん桜きれいでしたね。新緑はどこで見ていますか:生きつづけるお母さんを思って(2006.5.10)
六本木で見かけたベロタクシー(自転車タクシー)。近未来的なデザインで人目をひいていました。これもソフト・パワー的かも。背後の巨大なデジタル数字は宮島達男のモダンアート。
画像掲載記事:■ソフト・パワーのこと:アートの視点から(2006.5.8)
おしゃれなレストラン街。喫茶店やレストランも、アート感覚を取り入れつつあるようで。新宿駅ビル・SHUNKANにて。
画像掲載記事:■シニア世代の知恵・経験を生かして:新たなビジネスの可能性も(2006.5.7)
調理場をガラス張りにしたレストラン。これもお客さんサービスの一環では。食材も清潔感も一目で。新宿駅ビル・SHUNKANにて。
画像掲載記事:■お菓子会社の社内新聞:社長さんの熱意がおいしいお菓子を(2006.3.11)
駅ビル・レストランフロアの空き瓶を使ったディスプレイ。アートかアートでないか。美しいか美しくないか。新宿駅・SHUNKANにて。
画像掲載記事:■街に誇りを:養護施設出身の市長さん誕生(2006.3.5)
公園にネコが。近づくと甘えてきました。一対一でこころが触れ合うあたたかさ。ネットのソフトにもそんな雰囲気があれば。
画像掲載記事:■カラーテレビと家族団らん:東京オリンピックのころと今と(2006.2.23)
宇宙開発にコンピュータは欠かせなくて。たくさんの中古コンピュータで作られたアート。新宿駅ビル・SHUNKANにて。
画像掲載記事:■宇宙服衛星から子供たちの声が:宇宙アート?誕生か(2006.2.7)
画像:喫茶店前のおしゃれなモダンアート風のオブジェ。コーヒーの味が引き立ちそう。新宿駅ビル・SHUNKANにて。
画像掲載記事:■もてなしの心で:マンスフィールド元駐日大使のエピソード(2006.2.7)
紙しばい。紙しばいそのものだけでなく、紙しばいが見られる場所(ほどよい広さのただの空き地)、時間帯(早い夕方。夕食までにまだ余裕が)、紙しばいがやってくる自転車(そのスピードも)などの記憶とともに(横浜・ラーメン博物館)。
画像掲載記事:■貧乏は味わうもの:山本晋也監督の話から(2005.10.24)
断崖から身を乗りだして富士をあおぐ旅人(旅人の姿は画面左上に)。歌川広重「東海道五十三次 由井・薩埵嶺」より(クリックで拡大)。広重の作品はとても庶民的で大好きです(「マンガがアートになるとき」にも広重のことが)。
画像掲載記事:■富士山もきっと世界遺産に(2005.9.27)
東京国立近代美術館工芸館。建物は旧近衛師団司令部庁舎で重要文化財。明治におこった新しい流行が文化に。ファッションの歴史は写真で残っていくのでしょうか。
画像掲載記事:■美しい黒髪、金髪、茶髪(2005.9.26)
皇居の一隅。むかしは建材も限られていましたから、屋根にしろ壁にしろ、街並みにはおのずと統一感が。異質なものが入り込むことはあまりなかったのでは。
画像掲載記事:■街角のヴィーナス(2005.9.25)
秋晴れのブルーベリー農園にて。ブルーベリーも20世紀生まれの新しい果物。目によいとかで、目が命の美術史家としては、ありがたくいただいております。
画像掲載記事:■美しさと美味しさと(2005.9.20)
インド更紗(ちょっと古いもの)。王様のひげのお顔が可愛くて。テレビで見た、「ガラスの部屋」の陽気なイタリア歌手と通じるところがあるような。
画像掲載記事:■生歌バックの「ひろしです」(2005.9.16)
電車で小学校に通う娘を、車で駅まで迎えに行っての帰りに、娘と見た夕焼け。カラスはいませんでしたが、コンビニの看板もこうしてみるとそれなりに味わいが。
画像掲載記事:■夕焼け小焼けの里より(2005.9.14)
新宿の高層ビル街の夜景。大好きな街ニューヨーク・マンハッタンを思いつつ。ニューヨークのことは以前「摩天楼の灯よいつまでも」で書いています。
画像掲載記事:■戦争写真家、失業中―ロバート・キャパと9.11 (2005.9.11)
横浜の銀杏並木の歩道。横浜でも、パリでよく見かけるような、歩道にテーブルを置いてコーヒーなどが飲める通りができたとか(この歩道とは別の場所)。
画像掲載記事:■ピカソが愛したカフェ (2005.9.5)
東京の都心の街並みの特色では、と感じるもののひとつに、せまい路地が。生活の息吹そのものが息づくところ。画像は渋谷(8月)。路地の彼方に高層ビルがそびえて。
画像掲載記事:■こんな景色も好きです (2005.9.3)
青磁の器の中に鈴虫。敷物は久留米絣(くるめがすり・お猿の絵絣)。絣もシルクロードで古くから織られた織物。中国では鈴虫ならぬ、こおろぎを戦わせて強さを競った歴史が。こおろぎを入れる専用のやきものの壺があって、皇帝愛用の名品も残っています。
画像掲載記事:■鈴虫と夜と音楽と(2005.8.29)
幹線道路を少し入ると、こんな生活道路が。このくらいの広さの道路が23区周辺の生活道路というイメージ。車、自転車、歩行者らが行きかって。雑然としていますが人のぬくもりもあって。渋谷区内です。
画像掲載記事:■街並みの表情を追って (2005.8.28)
整備された大通り。大きな街路樹のある所は緑や木陰にやや気が休まるような。青い道路案内の看板も、美しいとは言えないまでもそれなりに。千代田区。
画像掲載記事:■街並みの表情を追って (2005.8.28)
東京駅・丸の内側。工事用クレーンや赤いプラスチックのコーンがずらっと。東京駅といえば日本の玄関口。もう少し何とかならないものでしょうか。
画像掲載記事:■パリといえばあのブランドが (2005.8.25)
活け花のまねごと。優れた伝統文化はたくさんあるのです。その辺から何か生まれてこないかなぁと思うのです(日本のものに限らず、アニメの平面的な表現は、たとえば浮世絵のようなものの伝統を踏んでいるような気がするのですが)。
画像掲載記事:■歌は世につれ、世は歌につれ (2005.8.22)
我が家の手乗りシナモン文鳥のプリン(漱石が飼ったのは白文鳥)。幼鳥のためまだシナモンらしさは不鮮明。下に敷いているのは『文鳥』が書かれた頃(1908年)と同じ明治の織物、絣(かすり)織り。山陰の弓ヶ浜産。おそらくは母親が嫁ぐ娘のために丹精をこめて織ったもの。草の葉の曲線の優しさが弓ヶ浜絣の特徴。絣もインドネシアをふくむ南方から渡来したとの説が有力。
画像掲載記事:■インドネシアからきた小鳥(2005.8.20)
8月15日のことは父や母から聞いた世代です。「さとうきび畑」の歌と重なって、夏の日差しを浴びたひまわりが強烈に何かを訴えているように思えて。東京にさとうきび畑はありませんが、ひまわりに加え、せめて雰囲気だけでも似た画像を添えてみました。
画像掲載記事:■「さとうきび畑」の歌とともに (2005.8.15)
8月15日のことは父や母から聞いた世代です。「さとうきび畑」の歌と重なって、夏の日差しを浴びたひまわりが強烈に何かを訴えているように思えて。東京にさとうきび畑はありませんが、ひまわりに加え、せめて雰囲気だけでも似た画像を添えてみました。
画像掲載記事:■「さとうきび畑」の歌とともに (2005.8.15)
まだ高い夕日を背に釣り人たち。鮎などがよく釣れるようで。娘と川遊びをしていて何匹ももらったことも。手前では家族づれや若者のグループがバーベキューなど(画面からはカット)。
画像掲載記事:■釣り人たちの夏 (2005.8.14)
庭の紫陽花。8/9、朝5:30 東京。紫陽花は長崎市の花。長崎ゆかりのオランダ人シーボルトが愛した花。最愛の妻、お滝にちなんで「オタクサ」と命名し、世界に紹介したことから市の花に。
画像掲載記事:■五島列島の夏 (2005.8.9)
葛飾北斎「冨嶽三十六景 凱風快晴」。凱風(がいふう)とは南風とか初夏のそよ風のこととか。夏から秋の早朝に、ほんとうにこんな朝焼けの富士が見れるそうです。
画像掲載記事:■ミニ富士山が大流行 (2005.7.30)
かわいいチューリップ。「ケイコ先生」こと浪曲師になった春野恵子さんの笑顔はチューリップのようでした。立川・昭和記念公園にて。4月。
画像掲載記事:■「ケイコ先生」東大卒の家庭教師から浪曲師へ:学歴社会へ一石(2006.4.29)